大分の梨農園で過ごした夏。じいちゃんが二階堂ロックを飲みながら教えてくれた「ナンバー1よりオンリー1」という話

ぎんじろう
感謝してます!ギニーWebのぎんじろう(現在30歳)です。

早いものでもう2026年の春になりましたね。

遅れながらあけましておめでとうございます。

そして最近全然ブログ更新できてなくてすみません。笑

さっき無事に2025年度の確定申告を終えたのですが、確定申告する上で過去のノートのメモ見てたら、今は亡き僕のじいちゃんから教わった金言が出てきたので備忘録として残したくなりました。

今回は少しノスタルジーに浸らせてください(笑)

松本観光農園。大分県中津市にある、梨とブドウの果樹直売所。

 朝まだ暗いうちから始まる、梨もぎの朝

大学時代の毎年夏、僕は3週間ほど大分県中津市の松本観光農園に泊まり込んでいました。

母方の祖父・松本巧(まつもとたくみ)が経営する、梨とブドウの果樹直売所です。

梨とブドウの繁忙期に手伝いに行くのが、大学時代の夏の恒例になっていました。

親友のさとーこーきと一緒に行った年もあった。横浜出身の彼にとっては、梨農園の夏は衝撃的だったと思います(笑)

 

朝はまだ暗いうちから始まります。

じいちゃんはすでに畑に向かっている。

僕は朝が超絶苦手なので、毎朝盛大に寝坊します。

慌てて畑に向かいながら「ごめーん!」と言いながら合流するのが、毎朝のルーティンでした(笑)

仕事中のじいちゃんは寡黙で怖い。

怒られることも多かったです(笑)

梨畑の木はじいちゃんの背丈に合わせて設計されているので、じいちゃんより少し背が高い僕はかがみながら横歩きで作業しないといけない。

その体勢で梨をもいでいると、じいちゃんは黙々と作業している。

無口だけど、手の動きは誰より速い。

梨一つ一つに袋がかけられている。この手間が大玉の梨を作る。

 

助っ人に来てくれた親友のさとーこーきくん。さすがにいい顔してる(笑)

 

昼は冠水作業。消防ホースみたいな太さのホースで畑を田んぼにする

昼になると冠水作業が始まります。

消防用ホースくらい太い水道ホースで、畑が田んぼになるくらいまで水をまく作業です。

これがなかなかの重労働で(笑)

ホースの太さと水圧がすごいので、なかなか力がいる。

でもこの作業のおかげで梨が丸々と巨大化して、高単価商品になる。

僕が水まきをしっかりやった年は、じいちゃんがすごく感謝してくれたのを覚えています。

無口なじいちゃんが「ありがとうな」と言ってくれた。

それだけで報われた気がしました。

 

昼の直売所ではばあちゃんと、従業員のシニアのお姉さま方と一緒に梨の箱詰めをしたり、お客さんに梨を売ったり。

ばあちゃんを筆頭に、お姉さま方のチームワークが見事で、僕はいつも足を引っ張り気味でした(笑)

早朝の梨もぎの成果。これを毎日何回も何回も繰り返す。

 

俺が農園で作った手書きPOP

直売所でお客さんに梨を売りながら、ふと思ったことがありました。

「もったいない。この梨の魅力、もっと伝えられるんじゃないか」

当時、僕はWebマーケティングの勉強と一緒にコピーライティングも独学で勉強していました。

じいちゃんに相談したら「やってみろ」と一言。

それで作ったのがこの手書きPOPです。

大学生のときに書いた手書きPOP。「飾っても恥ずかしくないほどに見た目ツヤツヤ、食べると中身はシャリシャリ、はちみつのように甘い梨」

こっちも同時期に作った縦長のやつ。作:銀(笑)

「ベネフィット先出し」「シーン提案」というコピーライティングの基本を意識して書いた文章です。

これで売上が少し上がった。

じいちゃんに「ちょっと売れたよ」と言ったら、珍しくにやっとしてくれた。

あの夏が、僕のマーケティングの原点だったのかもしれません。

梨の選別・仕分けマニュアルも作った。created by 銀(笑)

 

夜18時。牛の焼肉と氷結ストロングと、じいちゃんの哲学談義

そして夜18時頃、じいちゃんとばあちゃんと三人で晩ご飯。

じいちゃんは刺身と酒。僕とばあちゃんは牛の焼肉と寿司。

じいちゃんはまずアサヒスーパードライのビールを飲んで、そのあと二階堂の焼酎をロックで。

僕は氷結レモンのストロングのロング缶を飲みながら。

毎晩こんな感じの食卓。じいちゃんの話が始まるとノートを出す。

仕事中は寡黙で怖いじいちゃんが、晩酌が始まると別人のように饒舌になる(笑)

僕はノートとペンを手元に置いて、じいちゃんの話を何時間でも聞いていました。

他の家族は「じいちゃんの話長い~」と聞き流していたけど、僕にとってはこの時間が宝の山でした。

二階堂のロックが2杯目に入ったあたりから、話がどんどん深くなっていく。

商売の話、人生の話、戦後の話、大分の歴史の話。

僕はメモを取りながら、うんうんと聞いていました。

農園近くに住み着いてる茶トラ。じいちゃんに叱られても、この子を見ると癒された。

 

「ナンバー1よりオンリー1」。じいちゃんの最終結論

ある夜、じいちゃんがぽつりと言いました。

「ナンバー1よりオンリー1よ。ナンバー1はいつか負けるけど、オンリー1は一生負けない」

これがじいちゃんの長い試行錯誤の末に辿り着いた、最終結論でした。

じいちゃんは若い頃、1000枚に1枚しか効果が出ないようなチラシや新聞広告も試してきた。

でも「もっと自分らしく成功できる方法はないか」と模索し続けた末にたどり着いたマインドセット。

松本観光農園の強み(USP)は梨とブドウの二刀流でした。

日田エリアは梨だけ。安心院エリアはブドウだけ。

でもじいちゃんの農園は両方やっていた。九州の果樹産地でそんな農園は他になかった。

さらに、情熱のこもった理念や思いを手紙に書いてお客さんに渡す情報発信まで取り入れていた。

現代マーケでいう「コンテンツマーケティング」そのものです(笑)

 

「中津一の貧乏農家」から「中津一の繁盛農家」へ

じいちゃんのスタートは、想像を絶するものでした。

父親は幼くして両親を亡くしていて子供みたいな人で、兄は戦争で亡くなった。

高校時代は陸上で九州チャンピオンになって国体まで行くほどのスーパースターだったのに、家の事情で大学には行けなかった。

小学4年からブドウを作って電車で北九州まで売りに行くのが日課だった。

結婚後も農園は大赤字で、ばあちゃんが妊娠中に栄養失調と診断されるほど貧しかった。

「自分がひもじい思いをするのはまだしも、家族にひもじい思いをさせるのは辛かった。畑で何回も一人で泣いた」

その状況から、死に物狂いで知恵を出し続けた。

成功してる農家を組合という名目で集めてノウハウを吸収したり、自分でネーミングを考えたり、デザインを作ったり、オリジナルの仕組みを作り上げた。

その結果、大分県ナンバー1クラスの果樹直売所になった。

年商2000万円。片田舎の梨農園で。

中津一の貧乏農家が、中津一の繁盛農家になった。

 

じいちゃんが二階堂ロックを飲みながら教えてくれたこと

晩酌のじいちゃんから教わった言葉で、特に刺さったものをまとめます。

商売について

「お客には衝動買い客と目的買い客がいる。衝動買い客は新規客で、目的買い客はリピート客。その両方に対応した店にしないといけない」

「お店は北向きの方が繁盛する。夏に商品を見るとき日陰で涼しいし、駐車場の車も影で停められる。南向きは逆に暑くて損する」

「商売は高単価でやってナンボ。500円の袋売り梨をいくら売っても利益にはならない」

 

仕事の基準について

「1997年から毎朝、昨日の仕事の反省日記を書いてる。それで当日のやるべきことが見えてくる。この毎日のPDCAの繰り返しで大きく成長できる」

 

ばあちゃんもよく言っていました。

「お天道様が見てる。お客さんが見てない箱詰め作業のときも絶対に手を抜かない。傷がついた梨はごまかさず、良いものだけを詰める」

 

学びの姿勢について

「常に底辺という姿勢を大事にする。変なプライドがあると何も聞けなくなる。どんなに成功しても偉ぶらず、自分を底辺だと思え」

「本当の知恵者は自分より上の知恵者に素直に倣う。バカと頑固は知恵を借りない」

 

人間関係について

「社交のコツは褒めること。女性は身なりを、男性は元気やエネルギーを褒めると喜ぶ。これを習慣にしたら最強」

「挨拶は短く、付き合いは長く」

 

休学してフラフラしてたとき、本気で叱ってくれた

一度、大学を休学して夏の手伝いに行かずにフラフラしていた時期がありました。

そのときじいちゃんは本気で叱ってくれた。

厳しかったけど、愛があった。

じいちゃんは「不撓不屈(ふとうふくつ)」という言葉を高校生のころから大事にしていた人でした。

「竹のように生きろ。竹は台風でも折れない。節があってしなるから。曲がっても起き上がる」

フラフラしていた僕に刺さった言葉でした。

 

あの夏の記憶が、今の商売の軸になっている

じいちゃんは2023年9月21日、享年87歳で旅立ちました。

今でも夏になると思い出します。

朝まだ暗いうちに寝坊して「ごめーん」と畑に走っていったこと。

かがみながら横歩きで梨をもいだこと。

消防ホースみたいな太さのホースで畑を田んぼにした冠水作業のこと。

夜18時に牛の焼肉を食べながら、二階堂ロックのじいちゃんの話を何時間でもメモしたこと。

ちなみに僕の写真は一枚もない。いつも聞いてメモするか、カメラを持っていた。それがあの夏の僕のスタイルでした(笑)

 

あの晩酌の時間に教わったことが、今の僕の商売の軸になっています。

「ナンバー1よりオンリー1」——この軸があるから、パーソナルトレーナー兼Webマーケターという一見バラバラな組み合わせを、誰も占領していない自分だけの領域として迷いなく歩めています。

「仕事の基準を高く、毎日PDCA」——GASやAPIを使ったMEO自動化システムを自分で作れるところまで来られたのも、この姿勢があったから。

「お客様視点」——かたぎり塾でHP改善をするときも、常にお客さんがどう見るかを最初に考えるのは、じいちゃんから一番教わったことです。

大分県中津市。じいちゃんが一生かけて作り上げた農園の夏空。

このブログを読んでくれている誰かの「商売の軸」になってくれたら、二階堂ロックを飲みながら話してくれたじいちゃんも喜んでくれるかなと思って書きました。

ぎんじろう
ではでは、最後までお読みいただき感謝しています。 あなたに全ての良きことが雪崩のごとく起きます!